「芸術系大学 女性教育・研究者シンポジウム」開催レポート

芸術系大学 女性教育・研究者シンポジウム
「女性のアーティスト・研究者はどのようにキャリアを築いていけばよいのか?」開催レポート

女性の生き方が多様化し、社会全体でジェンダーに関する価値観や規範が大きく揺れ動いている現在。女性のアーティストや研究者はどのようにキャリア構築を行っていけばいいのでしょうか? そして、それらの人々に対して、芸術系大学ができることとは?

2018年5月26日、さまざまなジャンルで活躍する在京の美大・音大・芸大計5大学の女性教員・理事計8名が東京藝大に集い、約3時間にわたってそれぞれの専門分野や所属機関における経験や知見を語り合いました。180名を超える参加者の熱気で包まれたシンポジウムの模様をお届けします。(写真:西村伊央)

 


 

【第1部 基調講演】「今、女性の活躍に向けて伝えたいこと」
講師:国谷 裕子(キャスター/本学理事・ダイバーシティ推進室長)プロフィールはこちら

国谷理事による基調講演では、芸術の各分野や各大学の現状を話し合う第2部のパネルディスカッションへの導入として、女性のキャリア構築にまつわる課題を国内外のさまざまな調査結果とともに紹介しました。

「女性の活躍推進」の重要性が叫ばれる一方で、ジェンダーギャップ指数が世界でも突出して低い日本。日本の大学では、職位が上がるほど女性比率が下がります(2017年の調査では助手は56.8%いるのに対し、教授は16%)。女性の研究者が教授に昇進する確率は男性よりも低く、日本企業に女性の管理職が少ない問題と似ています。そして、その理由は仕事と家庭の両立の難しさだけではありません。近年、女性の活躍を妨げる“見えない壁”の存在が、さまざまな調査によって明らかになってきました。

たとえばある国内の調査では、上司から成長を求められていないと感じる人は男性より女性に多いことがわかりました。また、企業の人事考課票を分析したアメリカの調査では、部下に対する評価の仕方が性別によって違うこと(男性部下に対しては具体的な能力や取り組みを評価し、女性部下に対しては曖昧な表現に終始する傾向がある。その結果、女性による成果は共有されにくいなど)が判明しています。

第四次産業革命が起きている今、イノベーションが生まれる社会、働きやすい社会にするためには、多様性が不可欠です。“見えない壁”を破り、リーダーの定義も刷新する必要があります。それらを実現する上で、芸術系大学にいるクリエイティブな能力を持った人々の力が今後ますます重要になるという激励をもって、45分間の基調講演は終了しました。

 


 

【第2部 パネルディスカッション】
「芸術分野における女性のキャリア構築を考える〜教育と実践の現場から〜」採録

登壇者(敬称略、五十音順)
内田 あぐり(武蔵野美術大学日本画学科教授)
内山 博子(女子美術大学芸術学部アート・デザイン表現学科 学科長・教授)
岡田 敦子(東京音楽大学教授、学長特任補佐)
金子 仁美(桐朋学園大学音楽学部教授)
熊倉 純子(東京藝術大学大学院国際芸術創造研究科長・アートプロデュース専攻教授)
福中 冬子(東京藝術大学音楽学部楽理科教授)
【司会】岡本 美津子(東京藝術大学副学長)
プロフィールはこちら

岡本美津子(司会/東京藝術大学):本日お集まりいただいたのは、女性では数少ない上位職と呼ばれる立場の先生たちです。パネルディスカッションのタイトルは「芸術分野における女性のキャリア構築を考える」ですが、私自身を含め、おそらく自分が女性であることを声高に主張したり、意識したりせずに今を迎えられた方もいらっしゃるのではないかと思います。それでも我々がこういった場で経験や知見をお話しすることが、若いアーティストや研究者の皆さんがより素晴らしい創造や研究をするためのヒントになるのではないかと考え、この会を企画しました。

まずは、こちらのデータをご覧ください。東京藝大の教員の男女比率を示すグラフです。助手や助教を含めた教員全体のうち43%が女性です。ところが准教授、教授といった上位職では19%しかいません。また、登壇者の先生たちが所属する大学の上位職教員の女性比率も、ホームページなどに掲載されている数字から勝手に集計させていただきました。武蔵野美術大学は14%、女子美術大学は47%、東京藝大の美術グループは12%、東京音楽大学は37%、桐朋学園大学音楽学部は32%、東京藝大音楽グループは26%。美術、音楽ともに東京藝大が一番低いです。

次に海外のデータをお見せします。昨年、イギリスのミドルセックス大学教授でフェミニストアート批評家のケイティ・ディープウェル先生にジェンダーとアートに関する講演をしていただいた時の資料です。たとえばドイツでは、アートを学ぶ女子学生の割合が55%であるのに対し、美術大学の教授になる女性は18%です。

もちろん、大学教員にはならずアーティストとして活躍される方も大勢います。ケイティさんが東京の有名なギャラリーの所属作家の女性比率を調べたところ、20〜30%台のギャラリーが多いことがわかりました。では、欧米の代表的な近現代美術の美術館ではどうか。イギリスのテート・モダンの所蔵作品における女性作家の割合は13%、アメリカのMOMAで7%、フランスのポンピドゥー・センターで17%です。

音楽に関してはあまりいい資料が用意できなかったのですが、南カリフォルニア大学アネンバーグのインクルージョン・イニシアティブが行った調査では、2012年から2017年の間にアメリカで最もヒットしたポピュラー音楽600曲のうち、女性のアーティストは22.4%、作曲家は12.3%、プロデューサーは2%でした。

どうすれば「志」を持たせられるか

岡本:なぜ、このような男女差が生まれるのでしょう? ここから実際のディスカッションに入りたいと思います。今日は三つのテーマを設けました。一つ目は「どうすれば(若い女性のアーティストや研究者に)志を持たせられるか?」です。第一部の国谷裕子さんの講演では、若い女性がやる気を抱いて社会人になっても、働いているうちに上司から期待されていないと感じ、萎縮していくことがあるというお話がありました。登壇者の皆さんは若い頃から志を持ち続けてきたからこそ、今ここにいらっしゃると思います。ご自身の経歴も含めてお話しください。最初は武蔵野美術大学の内田あぐり先生、よろしくお願いいたします。

内田あぐり(武蔵野美術大学):私は日本画家で、武蔵野美術大学の日本画学科で教員をしています。今日たまたまここに来る前に、上野の森美術館で「日経日本画大賞展」を見てきたのですが、大賞を受賞されたのは浅見貴子さんという女性で、入選作家24名のうち16名が女性でした。私も第1回で大賞をもらったことがあります。絵描きの世界というのは、そういう実力の世界であって、作品や展覧会を積み上げていくことがキャリアなのかなと思っています。

ここからは、作品を見ていただきながら自分のことを語りたいと思います。これは「異端」という、武蔵野美術大学2年生の時に描いた作品です。当時、学生運動の影響で大学がロックアウトされ、1年半ほど大学で教われませんでした。仕方がないので家で家族や自分自身を描いていました。この作品はコンクールに出して入選したのですが、後から2年生はコンクールに出してはいけないという不文律があることを知り、先生から始末書を書けと言われたものです。次は1976年、大学院の修了制作の作品です(女人群図-1)。この頃は福生の米軍ハイツに住んでいて、周囲のドロップアウトした女の子たちを描いていました。パネルが真ん中で区切られているのは、当時妊娠中で、普段のようにパネルを床に寝かせて描こうとすると手がお腹につっかえてしまい、台所の机に置くために半分にしたからです。次は1982年、娘が小学校に入る時に記録として描いた絵です。娘が着ているピンクの晴れ着は、私が昔着ていたものです。この娘も今では40歳になり、5歳の子を育てています。

次は2009年、越後妻有アートトリエンナーレに参加した時の作品です。築300年の日本家屋を学生たちと一緒にリノベーションし、屏風形式の作品を並べて建築と日本画の融合を試みました。学生を連れてしばらく滞在したのですが、絵のことよりも草刈りをしていた時間の方が長かったです。

私はライフワークとしてドローイングも行なっています。これは美術館で行った、高校生と予備校生を対象としたワークショップの写真です。30年来の知人である男性の舞踏家に目の前で踊ってもらい、その動きをドローイングしています。このように大学生より下の世代と一緒に描くこともあります。私は絵描きで、教員でもありますが、公私混同で学生とくんずほぐれつで制作している状態です。

岡本:「志」についてもお聞きしたいのですが、今のお立場に至るような目標を若い頃から持っていましたか?

内田:目標? ないです。絵描きは将来を計算できません。地べたを這って絵を描いて、子供を育てて、お金を稼ぐだけです。一つ言えるとすれば、経済と絵画は一緒にならないです。金儲けのために美術をやるのは大間違いで、そこは覚悟が必要です。

岡本:ありがとうございます。次は女子美術大学の内山博子先生、お願いします。

内山博子(女子美術大学):アート・デザイン表現学科メディア表現領域で教えている内山です。私は女子美術大学卒業後、筑波大学の大学院でコンピュータ・グラフィックスを研究し、個人で作品を制作しては国内外の学会で発表していました。その後、 CGによる顔の表現の研究やインタラクティブ作品、ウェラブルファッションの研究をし、最近は宇宙ファッションという新しいジャンルについて、宇宙飛行士の山崎直子先生のアドバイスを受けながら宇宙空間で女性が素敵に見える服を考えたりしています。

学生の頃に、当時は新しかったコンピュータ・アートに出合い、その面白さに惹かれました。それ以来、興味の範囲を広く持ち、新しいものを探し続けて今に至ります。新しいものを見つけようとすると、どんどん視野が広がっていきます。

現在、大学では大学と社会をつなげるプロジェクトを行っています。たとえば水産研究・教育機構と組んで進めているプロジェクトでは、水産資源のビジュアル化を行うなど、水産分野をアートやデザインで活性化する試みを行っています。

岡本:ありがとうございました。東京音楽大学の岡田敦子先生、お願いします。

岡田敦子(東京音楽大学):私自身はここ東京藝大の卒業生です。上から2番目くらいのかなりいい成績でピアノ専攻を卒業したのですが、当時から自分はピアニストに向いていないと自覚していました。どうやって人生を切り開いていこうかと考え、その頃できたばかりの博士課程に入り、活動を広げていきました。30代の頃は、ピアノの演奏だけでなく評論活動もしていて、音楽だけでなく書評やエッセイなどなんでも書いていました。

演奏というのは、制作とは少し違って、無からの創造ではなく、過去の作曲家の作品を弾いています。一つの音楽作品は世代から世代に弾き継がれ、聴き継がれ、語り継がれて存在しています。ですから音楽について評論したり、教育を行なったりすることは、演奏と同じくらい音楽を支えることであると信じて今までやってきました。

博士課程を出て、ピアノとモノ書きの両方をやりながら、東京藝大の非常勤講師になり、一人ひとりの学生に教えることには生きがいを感じていましたが、非常勤講師の立場ではカリキュラムの編成など大学の意思決定の場に加わることができません。40代になって専任教員でなければ、と思い始めた頃、京都市立芸術大学から声がかかって助教授になり、その後しばらくして、東京音楽大学が博士課程を作るということで、博士号を持つ実技教員として呼ばれました。2005年のことです。

ここで東京音楽大学について簡単に説明させてください。1907年に専門学校として設立され、戦後、まずは短大となり、1969年に大学になりました。お隣の金子先生がいらっしゃる桐朋学園大学がエリート教育を目指して設立されたのとは違って、言わば、戦後、雨後の竹の子のごとく生まれた私立大学の一つ、日本の私立音楽大学の典型と言える学校です。

音大生の中で私立音楽大学に入る学生の割合は89%。その中の女性の割合は69%です。日本の音楽の高等教育のほとんどを、私立大学が担っていると言わなくてはなりません。私立音楽大学の問題を考えないことには、日本のアーティストの現状は変わらないのではないかと思います。

1970年代以前、「私立音大卒」はお見合い市場で最大の肩書でした。藝大まで出ていると恐いけれど(笑)、私立音大なら頭も家柄もちょうどいいと思われていた。教員の側も、女子学生はコンクールに出したりせず、4年間をつつがなく送ってもらい、いずれ家庭にかえせばいいと考えていました。

しかし1970年代以降、東京音楽大学は競争原理を取り入れます。ピアノ演奏家コースという英才教育のコースを作り、学内に競争的な雰囲気を作り出しました。少しずつコンクールで入賞する学生も出てきて、女性でも優秀な人は大事に育てるようになりました。それでも私が入った頃は、教員は男性中心だったのですが、現在は学生のみならず、教職員の採用や昇進においても顕著な男女差はないと言っていいと思います。教授の39%、准教授の36%、専任講師の54%は女性です。若い世代に絞ると女性の割合はもっと多いでしょう。

テーマの「志」についてですが、音楽大学の学生は小さい頃から音楽を続けている人が多いので、皆それぞれ志を持って入学しているはずです。ですから私たち教員が考えなければいけないのは、どのようにその志を入学後、そして卒業後も持続させられるかだと思っています。

また私自身の話に戻りますが、2005年に東京音大に教授として入った時、いろんなプロジェクトに参加させてほしいと言いました。しかし、最初はなかなか入れてもらえませんでした。ある理事に「教授にまでなったのだからいいじゃないか」と言われ、愕然としました。それでもいろいろ発言していたら、FD委員会(Faculty Development=教育活動の改善・向上のための全学的な取組)の委員長に抜擢され、その委員会が大学の中で最も速く動く組織だったので、だんだん大学の改革にも携わるようになりました。今は学長補佐として、カリキュラムの改革に大々的に取り組んでいます。このように芸術の道一本で来たわけではなく、あらゆることをやって、少ないチャンスを掴んできたと考えています。働く女性の典型的な例かもしれません。

岡本:ありがとうございます。では、桐朋学園大学の金子仁美先生、お願いします。

金子仁美(桐朋学園大学):私の専門は作曲です。職業を聞かれた時は作曲家と答えています。今日はいろんな芸術分野の先生方がいらっしゃるので、私からは作曲に焦点を当てた話をさせていただきます。

私自身は小さい頃からピアノを習っていましたが、兄も同じように習っていて、女の子だからやるという雰囲気ではなかったです。今まで「自分は女だから」と意識したこともあまりなく、もしかするとあえて考えないようにしてきたのかもしれませんが、男きょうだいと一緒に男女関係なく育ったことが、私のものの考え方に多少なりとも影響を与えているのかなと思います。

私は小学生の頃から音符を書くのが好きで、夏休みの自由課題で校歌のバリエーションを作って遊ぶような子どもでした。徐々に楽曲の構造など、演奏以外のことにも興味が出てきて、桐朋学園大学で作曲を学んだ後、フランスに留学しました。

作曲とは新しい表現を探すことです。表現をするためには技術が必要です。まずは技術を磨くことの重要性を、日本でもフランスでも教え込まれました。さらに技術だけ持っていても十分ではなくて、オリジナリティが必要です。フランスで「あなたのオリジナリティは何ですか」と聞かれて、自分の表現についてより考えるようになりました。長い歴史を把握した上で、どのような新しい表現を生み出せるか。そして西洋音楽の世界で日本人の私に一体どういう表現ができるのか。それらを模索し続けて今に至っています。

教員の仕事に関して言うと、留学から帰ってきてからしばらくして、母校の非常勤講師になりました。そしてその後、13年間、高等学校の教諭をしました。これは桐朋学園大学作曲の独特なシステムで、男女問わず、専任教員になると、まずは教諭として配属されました。自分が先生になることを考えていなかった私にとっては、なかなか大変な13年間でした。高校教諭というのはきちっとしていなければならないのですが、私は元がズボラなので、生徒たちに「先生ダメじゃないですか」と叱られてばかりで(笑)。運動会で一所懸命走って疲れ果て、その夜は作曲ができなかったり、教職と作曲の両立が難しかったです。そんな中でも、たまに大学生に作曲を教える機会があり、それは本当に楽しかったので、いつか大学の専任教員になれたらと思って頑張りました。もちろん、高校生のアナリーゼの授業なども、刺激のある楽しい時間でした。

テーマの「志」についてですが、ここまでお話してきたのは私という一人の作曲家の一例です。ここから桐朋学園大学について少しお話します。岡田先生のお話にもあったように、桐朋学園大学はエリートを育てることに力を注いできました。私が学生だった頃も、周りの演奏家を目指す学生たちは、世界の頂点を目指して熾烈な争いを繰り広げていました。1日10時間の練習は当たり前。コンクールでは1位にならなければいけなくて、国内コンクールで優勝しても「国際コンクールはまだとれていないじゃない」と言われる。そういう厳しい世界なので、今活躍している演奏家に桐朋出身の人は多いのですが、彼らは出身者全体のうちほんの一握りの存在です。ほとんどの人は挫折します。

私は作曲というちょっと外のポジションにいて、「本当にトップの演奏家になることだけが音楽家になる道なのかな?」と思っていました。たとえばヨーロッパでは、非常に専門性が高く優れた室内楽のアンサンブルの一員として活躍する人も大勢います。あるいは学問の道を進む人もいる。また作曲の場合、小さい頃から音楽を学んでいる必要はなくて、留学先には文学や数学をルーツに持つ人もいました。ベースとなる音楽の知識が少し足りなくても、他の専門分野の知識を生かすことができるのが作曲です。ちょっと視点を変えると、頂点を目指す以外の道も見えるのではないかと思います。

岡本:ありがとうございます。次は東京藝術大学大学院国際芸術創造研究科長でアートプロデュース専攻教授の熊倉純子先生です。

熊倉純子(東京藝術大学):藝大に来て今年で17年目になります。専門はアートマネジメントです。でもその勉強をしたことはありません。私が学生の頃にはなかった分野なので。このような場で自分のことを喋るのはおこがましいのですが、私はキャリアアップを真面目に目指してきたわけではなく、悪い方のロールモデルです。何かやってくださいと言われて「はいはい」と引き受けているうちにここまで来ました。

唯一言えるのは、確立された分野で頑張るのが苦手で、人が「何それ?」と思うところに行きたがる性質です。アートマネジメントや文化政策といった新しい分野ではパイオニア的な世代で、若手をどうやって社会に送り出せばいいのだろうかと日々悩みながらも楽しくやっています。内田先生が「学生とくんずほぐれつ」とおっしゃっていましたが、私もまさに公私混同で、教育と自己表現が一緒になっています。芸術や文化はそれができる分野です。ビジネスでは同じように学生と組んでやるのは難しいのではないかと思います。

同業者からは天職だねと言われ、自分でもこんなに楽しいことはないと思っているのですが、大学教員になりたいと思ったことはないんです。私は西洋美術史を学んだ後、企業メセナ協議会で働いていて、ある時、藝大の音楽環境創造科から「先生になりませんか」という電話がありました。当時、音楽環境創造科は取手校地にあり、取手に通ううちに川俣正先生たちが始められた取手アートプロジェクト(取手市民、取手市、東京藝大の共同プロジェクト)を引き継ぐことになって、気づいたら他にもいろいろな地域型アートプロジェクトをプロデュースする立場になっていました。アートプロジェクトというのは、地域社会をサイト・スペシフィックに捉えて、文化施設の外で様々な芸術表現を共創する活動です。今の研究室は千住校地にあるので、そこでは足立区やアーツカウンシル東京などと「アートアクセスあだち 音まち千住の縁」をやったり、他にも上野校地のすぐ裏で卒業生がやっているNPOに携わったりもしています。

このように頼まれたことを引き受けてきただけなのですが、私一人ではモチベーションが続かなかったと思います。やる気があるんだかないんだか、現場でブツブツ文句を言っている藝大内外の学生たちや、修了後にアートマネジャーとして活躍し、スタッフとして戻ってきてくれた若手に引っ張ってもらっています。地域と一緒に行うアートプロジェクトは、地域の人々の人生に関わるものなので、ライフワークとして続ける覚悟が必要です。教育、あるいは大学の社会連携の多面的な側面に携わることができて本当に楽しいです。興味のある方にはぜひ目指していただきたいです。

岡本:最後に、東京藝術大学音楽学部楽理科の福中冬子先生、お願いします。

福中冬子(東京藝術大学):楽理科というところにいます。他の先生方の領域に比べて、何をしているのかわかりづらい分野だと思います。音楽の歴史や音楽作品の構造を研究したり、世界中でどのような音楽的な営みが行われているかを研究したりする領域です。150年くらいの伝統があり、一般的に音楽学、英語ではミュージコロジーと呼ばれています。

たぶん他の先生方もお感じになっていると思いますが、20年前に比べて昨今の学生は皆さん優秀で、キャリアに対する意識も高いです。ですから、私から「こうした方がいいよ」と言えることはそれほどないのですが、あえて言うなら、「なぜそれを専門領域とするのか」という一番根本的な動機を説明できる若手はあまり多くありません。

一体どういうことかと説明しますと、私は私立音大のピアノ専攻を卒業した後、アメリカの大学で博士号を取ったのですが、博論の主題は戦後ドイツのある作曲家でした。その大学の博士課程には、数学、経済、歴史などさまざまな学部の出身者がいて、皆それぞれ自由に研究をしていました。私の研究について違和感や疑問を呈されることもありませんでした。

ある時、一次資料のあるドイツの研究所に行くことになりました。その研究所で発表をした時に、今やヨーロッパを代表する現代音楽の教授となっている人から「あなたは非常にbraveだ」と言われたんです。何がbraveなのかわからず私が聞くと、「あなたが研究している作曲家は1960〜70年代西ドイツの独特の精神構造において頭角を現した、非常にドイツ的でユニークな存在である。そのような作曲家の作品を、日本人のあなたがアメリカの大学に籍を置いて研究していることが勇敢だ」と言われました。私は非常に憤慨して「私が誰を研究しようと勝手だ」と言い返したおぼえがあるのですが(笑)、考えてみると確かに、日本人の私がなぜ西洋社会の一つの系譜である西洋の伝統音楽に向き合い、この作曲家を研究しなければならないのか? 私にしか提起できないリサーチクエスチョンは何か? という確固たる動機を言語化する必要があるなと思いました。

日本に帰国後、さまざまな研究者の発表を聞いていて一概に言えるのは、皆さん「自分はなぜこれを研究しているのか」という話をすっ飛ばして、サブジェクトに入られます。研究自体は非常に面白いのですが、リサーチクエスチョンが欠けていることが多いです。

これは実技系の学生においても同じだと思います。たとえば、学生たちの修論のテーマがシューマンに集中した年がありました。ドイツ語圏に100人のシューマン弾きがいるとして、101人目のシューマン弾きが日本人である必要があるのか? そこまで考えて、その考えをきちんと外に発信できる能力が必要だと思います。今はもう、優秀なだけでは残っていけません。自分のいる場所や自分のしていることを客観化、相対化し、言葉で説明できる能力が求められていると思います。

それからもう一つ、自戒も込めてお伝えしたいことがあります。今日、先生方のお話を聞いていると、女性であることをとりわけ意識していない、ただ目の前のやるべきことをやってきて現在に至る、というケースが多かったと思います。本当にその通りだと思います。ただ、20年前と今のキャリア構築は全然違うんですよね。今は研究職も3年や5年の任期付きであることが多く、キャリアを築きにくい状況です。そのことに対して、私たちのように社会的に安定な立場にある人間が「私たちはやりたいこと、やるべきことをやってきた」と言うだけでは無責任というか、まだまだ日本社会に残る構造的な問題を認識していくことが重要だと思います。今日、このような機会が設けられたことをとても嬉しく思っています。

女性のアーティスト・研究者に必要な「力」とは?

岡本:ありがとうございます。予想通り、皆さん個性的かつ雄弁でいらっしゃって、このままでは予定時間内には収まらなさそうなのですが、一方でこれだけの人数を揃えることができて本当に良かったと思いました。二つ目のテーマは、「アーティストや研究者に必要な力とは何か?」です。大学ではどのようなスキルや能力を付けさせたらいいのでしょうか? 岡田先生、いかがでしょうか。

岡田:音楽の世界では戦後、音楽家がキャリアを築く上でコンクールが非常に有効でした。数々の世界的なコンクールで日本の音楽家は優秀な成績を挙げてきました。しかし今、それは過去の話になりつつあるのかなと思っています。ピアノに関して言えば、近年、日本のピアニストはコンクールで苦戦しています。

女性特有の問題を挙げると、女性がピアノという楽器で男性に勝つのは大変です。ピアノの演奏は筋力や瞬発力といった身体能力に少なからず依存しています。体重100kgのロシア人男性に50kgの日本人女性が挑むなんて、無差別級プロレスのようなものです。また、男性は競わせれば競わせるほど戦闘意欲が湧いてくるのに対し、女性はある時点で意欲が廃れてしまう。人と仲良くやる方が意欲が長続きする場合が多いそうです。

学生にどのように力を付けさせるかということは、東京音大でもずいぶん考えました。多様な進路を示す試みは既に行っています。多様なスキルを学ばせる試みも行ってきました。ピアノだけでなく作曲に挑戦させたり、インターンシップに参加させたりしてきました。奨学金を設け、海外の大学にも学生を送り込んできました。それでも何かが大きく改善したという感じがしないのです。

福中先生がおっしゃったように、マインドの問題なのかもしれません。芸術家は皆、心の中で深い洞察を行なっているはずですが、それを滔々と喋る土壌は日本にはない。でもそれを喋らないことには、自分がかけがえのない存在であること、たとえば他の演奏家にない表現力を持った101人目のシューマン弾きであることを世の中に示すことができません。そこで東京音大では今、「自己のパッケージ化」と言って、「自分自身を社会の中で活動できる存在に育て、そうした自分を社会に提示していく力」を重視しています。

音楽大学の多くには、学生は専門分野に特化し、外国語や教養科目は専門の邪魔にならない程度に抑えておくという風潮があると思います。東京音大では昨年、その発想を変えて「ミュージック・リベラルアーツ専攻」を設置しました。学生は今まで通り高度な専門実技を行いつつ、1年生の間に英語を徹底的に勉強し、2年生以降は教養科目を英語で学び、卒業論文や制作も英語で行います。国際社会で活動しようとするなら、語る言葉を持っていなければ生き抜いていけないからです。自分の意識を言葉にするという作業は、自分の表現を強固にすることにもつながります。

岡本:言語化することについて、美術の分野ではいかがでしょうか。内田先生はどう思われますか?

内田:言語化……。難しいですよね。美術は音楽とは少し違うのかもしれないと思います。皆が皆、同じようにマニュアル通りに自分の作品について喋れてしまう場合もなきにしろあらずなので。言語化が上手な作家がいい作品を作るとは限らない。また、文章にできなくても、二つか三つの単発の言葉が実に本質を突いていることもあると思います。私自身、若い頃は絵描きに言葉は必要ではないと思っていました。書くことは好きだったのですが、喋らなくてもいいかなと。学生にも、言語化するように言ったことはないですね。本質を突いた言葉が言えたらいいのではないかと思います。

岡本:アーティストや研究者に必要な「力」について、常に新しい分野に進出してこられた内山先生はどうお考えですか。

内山:私がメディアアートの分野に飛び込んだ当時、アートの分野にコンピュータを取り入れることに対して大変な抵抗があり、恩師は大変な苦労をしていました。時代は変わり、これからの時代は、一つの分野だけで完結した表現や研究だけでは社会に受け入れられないのではないかと私は思っています。アートやデザインをいろいろなことに繋げることで分野と分野の間が面白くなっていくと思います。

女子美は女子大ですから、女性ならではの力とは一体何だろうということを長い間考えてきました。元々ものを作ったり絵を描いたりできる学生が多く、コミュニケーション力があります。先ほど、大学と社会をつなぐプロジェクトを行っていると言いましたが、そこで学生たちにグループワークを行ってもらい、プレゼン力を付けることを重視した教育を行っています。

時代はどんどん変わっています。特にメディアアートの分野では、今はVR、次はAIと、テクノロジーがどんどん進化していきます。そこに女性の細やかさ、細部にこだわった表現が入っていくことで、社会や人々の役に立つものが美術大学から生まれるといいなと思っています。

パネルディスカッションの冒頭、女子美の女性の上位職教員比率が47%というデータを紹介していただきました。女子美も今から12年くらい前までは、28%でした。その頃、教授会で女性比率を50%にするという指針を出しました。もう少しで50%に届きそうです。もちろん女性だからという理由で採用するのではなく、採用に値すると認められるために女性自身が頑張る必要があります。私は女性ならではの力というのは絶対にあると思っています。どうすればそれをクリエイティブに育てられるのか、また育てた人が社会に出た後、どう支援すればいいのか。それらを考え続け実践していけば、自ずと女性が活躍できる時代になると思っています。

岡本:熊倉先生におたずねします。「自分一人ではやってこれなかった」とおっしゃっていましたが、ネットワークやコネクションを築く力についてはどうお考えですか。

熊倉:学部くらいの年代では、女子の方がコミュニケーション能力が高いので、その能力をどんどん磨いて生かしていってほしいと思います。それとは別に、国谷理事の講演で若い女性が入社してから時間が経てば経つほど管理職を目指さなくなるというお話を聞いて、思い出したことがあります。

私は10年間、企業メセナ協議会にいて、日本の名だたる一部上場企業の部長さんクラスの男性たちとお仕事をしていたのですが、男性の方が長いものに巻かれて生きていく覚悟があるように思います。スローでよくわからない論理で回っている組織に入った時、意識が高くバリバリ働く気がある女性ほど、幻滅するのが早い。その理由は、女性には他にも選択肢がたくさんあるという幻想からくるのか、実際に選択肢は多いのかもしれませんが、「一生しがみついてでもこれをやります」という気概はあまり感じられない。また、「こんなところでやってられるか」と言って起業した女性たちが別の場所で活躍できているかと言えば、そうではない場合も多いです。

もちろん、男女問わず何かにしがみついてプロフェッショナルになることが幸せであるとは限りません。4年生から「憧れは専業主婦です」と言われて、「私が反面教師だったのかな」と思うこともあります。教員として、どんな人生でも本人が幸せであればいいと思って学生を送り出しています。何があってもしがみつくがむしゃらさのようなものがあれば……と思うのですが、そういうのは女子の間では嫌われている気がします。

岡本:組織の話が出てきましたが、飲み会コネクションも含め、コネクションを使ってキャリアアップすることにかけては、男性の方が長けているかもしれないと思います。

熊倉:私自身は(男社会で活躍する)女性の数が少ない世代だったから、跳ねっ返りのねえちゃんとして面白がってもらえたところがあります。周りのメジャーなサラリーマンのおじさんたちを見て、「この人たちは真剣にゴマをするんだな」と思ったことは何度もありますよ。真似できないなと思いつつ、そのがむしゃらさを尊敬はしていました。

女性のアーティスト・研究者が活躍しやすい環境とは?

岡本:テーマ1と2について、まだ議論が尽くされていない部分もありますが、次に移りたいと思います。私たちは皆、環境から影響を受けています。これからの時代、女性のアーティストや研究者が活躍しやすい環境を作っていくためには、何が必要なのでしょうか? 金子先生、お願いします。

金子:国谷先生の講演で、女性の活躍を妨げている壁に関する統計を見せていただき、女性が自分の目標を小さくしてしまうような環境が日本にはまだまだ残っていると実感しました。綺麗事のようになってしまいますが、音楽家になるにせよ、管理職になるにせよ、主婦になるにせよ、一人ひとりが興味を持ったことに対して志を持って進んでいける環境にしなければいけません。そのためにはやはり年長者の私たちが問題意識を持って取り組んでいく必要があると思いました。

岡本:金子先生は先ほど「オリジナリティが必要だ」とおっしゃっていましたが、オリジナリティとは何かと考えた時に、女性の作り手は何かと「女性ならではの視点で」「女性ならではの感性で」と依頼されたり評されたりすることが多いです。この手の質問には聞き飽きているかとは思うのですが、この「女性らしさ」についてもお考えをお聞かせいただけますか。

金子:おっしゃる通り、以前は「女性らしい繊細な響き」とか言われるととても悲しくなって、乱暴な曲を書こうとしたりしていました。で、乱暴な曲を書くと「女性の情念が云々」と言われる(笑)。嫌でしたね。今でもそういう気持ちが完全に抜けているわけではないのですが、年をとって少し変わりました。

「女性ならでは」と括られるのと同じように、年齢で評価されることもありますよね。作品を「若さが素晴らしい」と評価されても嬉しくない若い人もいると思うんです。そう考えると、女性であることも、年齢も、日本人であることも、自分を構成するたくさんのカテゴリーや個性のうちの一つとしてポジティブに捉えた方がいいのではないかと今は思います。

岡本:女性を取り巻く環境と言えば、今話題の#MeToo問題も避けて通れないと思うのですが、これに対してご意見がある方はいらっしゃいますか?

熊倉:若い皆さんに対して、ごめんなさいの一言しかありません。私の世代がダメだと言わなかったこと、たとえば電車で痴漢にあっても「やめてください」と言えなかったことのツケが回っているんだなと思います。幸いなことに、今ニュースなどでセクハラはダメらしいということが徐々に言われるようになっていますが、身に覚えのあるおじさんは結構いると思います。そういった身に覚えがありながら「全然悪気はなかったのに」と思っている人たちを躾けていくしかないですね。若い女性の皆さんには、同世代の男性たちと議論していただきたいです。

岡本:この問題に関しては、これまで被害者が声を上げられなかった状態なので、加害者側も情報と知識が不足していると思います。話が変わりますが、この5月、国政選挙の男女の候補者数を均等にしようという「政治分野における男女共同参画推進法」が成立しました。実効性が問われているものの、ジェンダー差別が残る環境を変えるためにはこういった試みは必要だと思います。テーマの1から3に限らず、言い足りなかったことがある方、お願いします。

福中:私からお願いがあります。こういった会議が開かれると、藝大では私や熊倉先生が呼ばれて、その心は「何か言いたいことがあるだろう」という、実際にその通りなのですが、次はむしろ(ダイバーシティやジェンダー平等の)意識の低い教員を呼んでいただきたいです(笑)。彼ら自身は決して差別しているつもりはなく、身を置いてきた社会構造や精神構造が何らかの形で顕在化した結果、差別的な発言をしたり、採用時にバイアスがあったりするのだと思います。そのあたりを一度、すべて可視化しないと変わっていかないのではないでしょうか。ぜひ、意識高い系VS意識低い系の討論会をやっていただきたいです。

岡本:それはいいですね。

岡田:今日ここに集まっているのはトップの方ばかりだと思うのですが、私立音楽大学には、膨大な数の女性がいます。東京音大生の進路を示すデータを持ってきたのですが、卒業生全体のうち音楽活動を続ける男性は15%であるのに対し、女性はわずか6.6%。一般企業に就職する男性は3%であるのに対し、女性は実に22.3%。熊倉先生がおっしゃるように、女性には何が何でもしがみつくという気概が少ないのかもしれません。

ただ、時代的に既存の枠組みでキャリアを築くのが難しいことも事実です。それをむしろ逆手に取って、自分はトップではないと思ったとしても、自分の能力を組み合わせて新しいキャリアを築くことができる、社会や文化を作っていけるという「志」を持つことがむしろ可能な時代になってはいないでしょうか。

後輩たちへのアドバイス

岡本:ここで先生たちにお願いがあります。お手元の画用紙に、後輩たちへのアドバイスやメッセージを一言お書きください。その後、お一人ずつ発表をお願いします。

内田:「ライバル」です。作家には年齢は関係ありません。素晴らしい才能を持つ人は年齢、男女問わずいます。いつも学生に言っているのですが、若い人たちは私にとってライバルです。そう言って自分を鼓舞しています。

内山:「継続」です。とにかく続けてほしいと思います。

岡田:「10年先の自分に希望を持って継続」。

金子:「冒険」です。冒険とは、目に見えない遠くのことに限らなくて、目の前にある小さなことでもいいと思うんです。今よりちょっと踏み込んでいただきたいと思います。

熊倉:「あなたらしい野心って何?」。カッコ悪くても、野心を持ってほしいと思います。

福中:「無礼な人間になれ」。芸術の領域では伝統や礼節といった言葉がまかり通っていることが多いです。それらに本当に合理性があるのか、論理的があるのかと疑問符を突きつけることで、皆さんらしい創作や研究ができるのではないかと思います

岡本:ありがとうございます。あまり時間がありませんが、ここからは会場の皆さんの質問を受けたいと思います。

参加者との質疑応答

参加者1:本日は貴重なお話をありがとうございました。油画の学生です。先生の約9割が男性です。これまで男性中心の社会で生きてこられて、理不尽な目に遭うこともあったのではないかと思うのですが、どのように戦ってこられたのかを教えていただけると嬉しいです。

岡本:同じ絵画系ということで、内田先生いかがでしょうか。

内田:理不尽て何? 私、理不尽な目に遭っていないかもしれない。鈍感で気がついていないのかも。

参加者1:では(相手の人格などを尊重しない人の態度に)ムカついた時はどうしていますか?

内田:それは時々ある(笑)。そういう時はきちっとモノを言います。たとえば会議で私個人に関しておかしなことを言われたら、感情的にならずに、冷静に「それはおかしいのではないですか」と言います。

参加者1:冷静にというのは、声のトーンのことでしょうか?

内田:今度教えてあげるから、ムサビにおいでよ。研究室にアポを取って来てくれたら話すから。

参加者1:ありがとうございます。本当に行かせていただきます。

参加者2:某私立音大を卒業した者です。岡田先生に伺います。大学時代、演奏家として成功した男性の教授が、技術のレベルがあまり高くない状態で入学してきた学生に対して「世界を目指すには最低でもこれくらいのレベルが必要で、お前たちには無理だ」というようなことを言い続け、学生の創造性や志が削がれていくのを見てきました。そういった技術のレベルが足りずに入学した学生が志を持ち続けるための取組などをなさっていれば教えてください。

岡田:そういう教員がいるというのはよくわかります。金子先生もおっしゃっていたように、「芸術を志すからにはトップを目指さなければならない」「芸術で勝負しなければならない」という思い込みが、どれほど人を窮屈にしているでしょうか。また、芸術家は社会常識に疎いと思われがちですが、そういう思い込みも捨てるべきだと思います。

先ほど、昨年開設したミュージック・リベラルアーツ専攻についてお話ししましたが、芸術でトップになれないからスキルを身に付けようというわけではないのです。スキルをいっぱい持っていても、単に便利に使われて終わり、ということもあります。音楽の世界は圧倒的に女性が多いので、それだけで男性は優位だと言うことができるでしょう。多くの場合、男性は女性が好きで、女性は男性が好きなので。そのような中で、女性は自分のできることを少し意識的に過大評価して自己主張して良いのではないかと思います。

参加者3:音楽学部の助手です。仕事と結婚や育児との両立について葛藤があった方がいらっしゃれば、どう乗り越えて来られたかをお聞きしたいです。

岡田:私は長い間、藝大の非常勤講師を務めていました。周りの非常勤講師のほとんどに結婚歴はありましたが、子どもを持っている人は少数でした。非常勤の立場で産休は取れないでしょう。ところが東京音大に来てみると、女性教員の多くが子どもを持っていて、驚きました。話を聞いたところ、40年くらい前から明文化はされていないのですが、非常勤が長期休暇を取っても文句を言われないとか、教員同士で仕事をやりくりするといった寛容な雰囲気ができていたそうです。制度ではなく、人の気持ちなのですね。

内田:私が娘を産んだのは27歳の頃です。当時はプー太郎でした。娘が3歳の頃に母子家庭になり、カルチャーセンターや自分の教室で絵を教えながら生活していましたが、楽しかったですよ。子育てが大変なのは、誰にとっても当たり前のこと。結婚していようが独身だろうが、子供が何人であろうが大変です。でも女ってたくましいから大丈夫。私は子どもはいてもいなくてもいいと思っている、女はいろんな生き方を選択することができると思うからです。頑張ってください。

参加者4:国谷さんに質問です。マスメディアが報道する内容にも、まだまだ男女差別的な表現があると思います。そういった表現についてはどう思われますか?

国谷:非常に難しい問題で、簡単には答えられない問題です。最近はジェンダー平等に逸脱するようなCMなどに対して声が上がるようになりましたが、まだまだ役割分担意識を刷り込むようなステレオタイプ的な表現があちこちで見られます。その背景には、女性の作り手の数が少ないことがあります。今年のカンヌ国際映画祭で、映画業界で働く82人の女性がレッドカーペットに並びました。映画祭が始まって以来、コンペティション部門に選出された男性監督は1688人もいるのに対し、女性監督は82人だそうです。

私がダイバーシティの重要性に気づいたきっかけは、「クローズアップ現代」のキャスターを務めていた時、周りの若い女性のプロデューサーやディレクターが結婚や出産後に現場からいなくなっていったことでした。私自身、周りの女性から見て「ああいう働き方はできないな」と思われるような猛烈な働き方をしていました。女性のプロデューサーやディレクターがいなくなると、女性たちが関心を持つテーマや、女性たちにとって大事なテーマが提案されず、社会に提示する機会が失われます。さらに、提案を採択するポジションにも女性が必要です。テーマが提案されたとしても、採択する側が「このテーマは大事だ」と判断しないと番組にはならないからです。私は、報道でもドラマでも映画でも、女性の眼差しや女性の視点による表現は非常に大事だと思っています。数が少ないと、提案さえ出てこないんです。

岡本:本当はもっと質疑応答を続けたいのですが、時間が大幅に過ぎていますので、ここで終了したいと思います。先生方のお話が非常に面白く、終了予定時刻を30分もオーバーしてしてしまいました。今日のお話が皆さんの参考になったとすれば幸いです。東京藝大では今後もこのようなシンポジウムを続けていきますので、またご参加ください。登壇者の皆様、本日はありがとうございました。