Hopping Women Interview #1

一色さゆりさん「言葉でアートを表現する」

小説家 一色さゆりさん

2012年 美術学部芸術学科卒業

いっしき・さゆり/1988年、京都府生まれ。東京藝術大学美術学部芸術学科卒業ののち、香港中文大学大学院美術研究科修了。現在は学芸員として美術館に勤務。2015年、第14回「このミステリーがすごい!」大賞を受賞し、2016年に受賞作『神の値段』(宝島社)でデビュー。
東京藝術大学の学生や教職員のロールモデルとなる、社会で活躍する藝大出身女性にインタビューする本コーナー、第1回にご登場いただくのは、2015年に美術ミステリー『神の値段』で新人作家の登竜門と言われる宝島社『このミステリーがすごい!』大賞に輝いた一色さゆりさん。2012年に美術学部芸術学科を卒業後、ギャラリー勤務や香港留学を経て、現在は小説家と学芸員の仕事を両立している一色さんに、在学中の印象的なエピソードやキャリア変遷について訊ねました。

Photo by Fumihito Nagai

アートを言葉に置き換える術を学びたくて芸術学科へ

───まずは藝大を目指したきっかけを教えてください。

高校時代、絵を描くのが好きで画塾に通っていたのですが、先生の説明が抽象的でよく理解できなかったんです。そこで、どういうものが綺麗なのか、どうすれば作品が良くなるのか、といったことを論理的に説明している本を探して読むようになりました。そして芸術学科に行けばそういうことを学べると知り、芸術学科がある大学を調べました。その中で藝大を受けたのは、予備校で教えていらっしゃった藝大生の先生のお話が面白くて、「藝大の人たちはキャラが濃くて面白そう」と思ったからです。

───絵を描くことから、文章を書くことに興味が移ったのでしょうか。

子どもの頃から、絵に限らず、写真を撮ったり、文章を書いたり、ものを作ること全般が好きでした。進学校での勉強があまり好きになれなくて、救済のような形で芸術に触れるようになった気がします。また美術の中でも、教科書に載っているような西洋美術だけではなく、現代美術などのよくわからないものにも興味がありました。
予備校でディスクリプション(作品の記述)の勉強をした時に、すごく面白かったんです。アート作品を自分の中で言葉に変換する作業がますます好きになりました。予備校で受けたディスクリプションの訓練は今でも大事な財産です。

───美術が身近にある家庭環境でしたか。

実家は数珠の卸売をしていて、両親ともに特に美術との関わりは少ないです。母は時々美術館に行きますが、私が美術館で働くことになったと聞いて「座りっぱなしで退屈じゃない?」と言っていました(笑)。

今、役に立っている藝大での実技

一色さゆりさん───実際に入学して、学内の雰囲気や授業に関してどんな印象を受けましたか。

「いろんな人がいるな」というのが第一印象でした。2年くらい、上石神井にあった学生寮に住んでいたんです。共有スペースでずっと刃物を研いでいる人がいたり、一日中歌っている人がいたり、大きなバイクをいじっている人がいたりして、奇妙な空間でしたが楽しかったです。いろんな人が集まっていると言えば、『最後の秘境 東京藝大——天才たちのカオスな日常——』は発売後、すぐに読みました(笑)。藝大生は何かを作ることが体に染み付いている、ということを言い当てている本だと思います。
授業はどれもとても面白かったです。割と真面目に受けていましたね。座学とは別に、絵画や彫刻などの実技を学ぶ特別授業があって、当時は大変だった記憶しかないのですが、今思うと非常に貴重な体験でした。今、ギャラリーや美術館の仕事で、作品の技法や素材についてリアリティを持って説明できるのは、自分で作った経験があるからだと実感しています。学生時代、もっと熱心にやればよかったです。

───西洋美術史を専攻した理由は何でしょう?

越川倫明先生のもとで西洋美術史を学んでいました。特定の作家や作品について書かれたものよりも、美術史家の目を通していろいろな作品を論述しているジャンルが好きだったんです。日本・東洋美術史にも魅力を感じましたが、読んでいたものの影響から、西洋美術史を選びました。また、親身になってくれた先輩が西洋美術史を研究していたというのも理由の一つです。
卒論では、小説と美術の両分野で活躍している研究者について調べました。実は「どうしてもこの作家を研究したい」と入れ込める対象がいなくて、在学中はそのことがずっと悩みでしたね。どの作家も調べるうちに大抵好きになるのですが、誰か一人に絞れなかったんです。そこで、美術史の研究者を研究の対象にしました。
具体的には、ニューアートヒストリー(英米圏で80年代頃に提唱された美術史の潮流。文学や思想における記号論、ポスト構造主義、ポストモダニズムの展開と呼応していた)の研究者たちですね。文学畑出身で、文学を批評する方法論で美術を論じている人たちについて研究しました。

学外のイベントや集まりに積極的に参加

───美術史を学ぶ一方で、在学中から小説の道を志していたのでしょうか。

はい。実は高校生の頃にも小説のようなものを書いたことはあったのですが、大学に入って「自分は小説が好きだ」と再認識しました。大きなきっかけはやはり、東京に出てきたことですね。たくさんの情報が一度に入ってきて、自分でも何かをアウトプットせざるを得なくなったという感じでした。
在学中は、ジュンク堂などの書店で開催される小説家のトークショーや、四谷アート・ストュディウム(近畿大学国際人文科学研究所が東京で運営していた芸術教育機関。2014年閉校)、CAMP(アーティスト、批評家、研究者などからなる組織)といった場所によく足を運んでいました。また、東大が近いので東大にもしょっちゅう行っていましたね。現代文芸論研究室の公開講座を聴いたり、東大の図書館で藝大にはない資料を探したりしていました。

───藝大内に、同じように小説家を目指す仲間はいましたか。

私の知る範囲では、いなかったです。割と個人で活動していて、書くのが好きなことを周りに言っていなかったんです。授業以外の時間は執筆や学外での活動に費やしていて、他科の学生との交流にあまり目が向いていませんでした。

ギャラリー勤務の経験をもとにミステリー執筆

───卒業後は現代アートのギャラリーに就職されたそうですね。

日本を含むアジアの作家の作品を扱うコマーシャル・ギャラリーに卒業後に就職し、3年ほど働いていました。そのギャラリーで働きたいと思った理由は、ホームページのギャラリー紹介文の中にある「アジアの帯」という言葉に惹かれたのと、インターンではなくフルタイム従業員を募集していたから。勢いのあるギャラリーなら、きっと仕事も面白いに違いないと思ったんです。
アジアに関心を持ったのは、卒論のためのリサーチをしていた時に「ポストコロニアリズム」という言葉がよく出てきて、一体なんだろうと思ったのがきっかけです。

一色さゆりさん───ギャラリーでアートを扱う中で、大学で学んだ学問としてのアートとの違いを感じることはありましたか。

ギャラリーで働き始めて衝撃を受けたのは、作品の「ナマモノ感」です。たとえば美術館で展示されている絵は、決して手を触れてはいけない。でもギャラリーで働いていると、梱包作業などで作品に直接触れる機会が多いんです。誰もいないところで私が傷つけてしまっても、きっと気づかれない。
もちろん、作品は作家が作ったものですから、最後の一筆を入れるまでは作家がずっと触っていたわけですが、その当たり前のことに改めて気づかされました。結構価値観が覆されるほどの気づきでしたね。実は小説も似ています。本になって書店に並んでいる作品も、実は印刷の直前まで作家がパソコンで直し続けているということに、自分が本を出して初めて気づきました。

─── 一色さんがギャラリー勤務中に執筆された『神の値段』の主人公は、現代アートのギャラリーで働く若いアシスタントの女性です。作中のギャラリーは決して人前に姿を見せない、生死すら謎に包まれた前衛芸術家の作品を扱っていて、彼と唯一つながりのあるギャラリーオーナーが急死するところから物語が始まります。海外のオークションで莫大な金額が動いたり、ディーラーが暗躍したりと、美術マーケットの実態を知らない読者には現実離れした世界に見えますが、ある程度、実体験がもとになっているのでしょうか。

昨年、ZOZOTOWNの前澤社長が63億円でバスキアの絵を落札したことがニュースになりましたが、実際に美術市場ではものすごい金額が動いています。小説の中の海外のアートフェアの様子など、作品の売買にまつわることは実体験をもとにしています。私が勤務していたギャラリーは年間を通してアジア圏のアートフェアに出展していたのですが、毎回ハプニングがあり、常に対応に追われていました。
主人公にとってギャラリーのオーナーが憧れの存在であるところも、実体験にもとづいています。私が勤めていたギャラリーのオーナーはすごく面白い発想をされる方で、従業員に「読まなくてもいいから」と言って、定期的に美術書や働き方に関する本を配ってくれるんです。誤解を与えないように付け加えておくと、主人公の給料が低かったり、長時間勤務だったりと、労働条件が悪いのは、ストーリーを面白くするための創作です(笑)。
また、小説を書き始めてすぐに、河原温さんの訃報に触れたことも、インスピレーションの源になりました。河原温さんは世界的な知名度を誇りながら、1966年以降は公式の場に姿を表さなかったことで有名なアーティストです。

───初の長編にミステリーのジャンルを選んだ理由は?

ミステリーの賞は純文学などよりも規定枚数が多いので、自分の実力を伸ばすことにつながると思いました。もともとミステリーを書くために勉強していたわけではないので、実際に書き始めてからは構成に苦労しましたね。

───『神の値段』では、マーケットを動かしているのがアーティストでもギャラリストでもキュレーターでもなく、ディーラーであるという衝撃的な現状が描かれます。

実際にそのような側面があります。ただ、ネタバレになるので詳しくは言えませんが、小説ではアーティストが果たす役割について希望を込めています。アーティスト志望の藝大生にぜひ読んでいただきたいですね。大学の中にいるとあまり見えないかもしれませんが、広い世界にはアートにまつわるさまざまな仕事があり、真剣に闘っているアーティストたちが大勢いるということを知ってもらいたいです。

アジアへの視線と今後の展望

───『神の値段』を書き上げた後に香港中文大学大学院美術研究科に留学されましたね。

宝島社さんから『このミステリーがすごい!』大賞受賞のお知らせをいただいた翌週に香港に行きました。漢字文化圏の美術史やアートマネージメント、特にインクアートの世界について学びたかったんです。ギャラリーでインクアートの展覧会を任された時にインクアートの世界について調べ、その後、インクアートの作家が出てくる小説を書き、もっと掘り下げたいと思いました。当時はインクアートの値段が高騰していて、中国のお金持ちが大量に買っていた時期でした。

───2016年からは東京の美術館に勤務されています。

日々、ギャラリーとの違いに衝撃を受けています。ギャラリーは社長がいて利益を上げることを目的に、作家や作品を宣伝するのが使命です。一方、美術館では作品をパブリックに公開して誰にでもわかるように広く伝えることが求められます。あまりにも違っていて、最初は自分のチャンネルを切り替えるのに苦労しました。
今は、ASEAN10カ国の現代美術の展覧会の準備をしています。東南アジアの若い作家たちは、本当に使命感を持って活動していて、ものすごい熱気が伝わってきます。アートの捉え方が日本とは違っていて、自分のいる場所をよりよくするための手段として美術を選んでいる印象があります。学芸員としての仕事に就いてから間もないので周囲から学んでばかりの日々ですが、少しでも成長して、展覧会を通して各国の現状を伝える手伝いができたらいいなと思っています。

───小説の次回作も進んでいますか。

週5日、美術館で働きながら、陶芸を題材にした小説を書いています。藝大の工房も見学させてもらいました。私が卒業生だからという理由で、工程などを細かく説明してくださって、本当にありがたかったです。また、リサーチにあたって藝大の卒業生に相談したら、次から次へと陶芸家の方を紹介してくださって、改めて卒業生のネットワークのすごさを感じました。


作品紹介

kaminonedan
『神の値段』(宝島社文庫 680円)

マスコミはおろか関係者すら姿を知らない現代美術家、川田無名。ある日、唯一無名の正体を知り、世界中で評価される彼の作品を発表してきた画廊経営者の唯子が何者かに殺されてしまう。犯人もわからず、無名の居所も知らない唯子のアシスタントの佐和子は、6億円を越えるとされる無名の傑作を守れるのか——。美術市場の光と闇を描く、「このミステリーがすごい!」大賞受賞のアート・サスペンスの新機軸。

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